今、2008年6月。四川省地震に続き、岩手・宮城内陸地震が起きた。山が崩れるすさまじさだ。次は東京か小田原か東海か。僕たちは必死だが、耐震補強は簡単には進まない。内閣総理大臣賞をもらったとはいえ、平塚だってまだまだ全く足りない。間に合わないのだ。
地球環境崩壊も、心の崩壊も、対応が間に合わない。
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12年前の1月17日の朝を、僕は今でも鮮明に覚えている。当時、僕は東京都職員研修所の調査研究室長をしていて、迫りくる東京直下地震への対応を検討していた。
早朝に平塚の自宅を出て、浜松町の職員研修所に向かった。研究室に入ると、スタッフがテレビを見ていた。
「木谷さん、地震です!」
「どこだ?」
「神戸です!」
心臓がばくばくした。
まさかこれが6434人が亡くなる大震災になろうとは、夢にも思わなかった。
僕は神戸の方々が、東京の僕たちの身代りになってくれたと感じた。
それから、地震のことを一日も忘れたことはない。
耐震補強(=被害軽減の切札)の推進は、僕のライフワークとなった。
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